坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新13.8.5)

   (長浜町今坊の夕陽 ・2001年7月撮影)

ようこそ、坂村真民の世界へ、ようこそタンポポ堂へ、真民さんの詩の魅力と真民さんに関する情報をあなたに届けます。

1.詩 国 8 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると約600基となる。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                


1.詩 国  月 号 第 四 十 巻 8 月 号

             
力が欲しい

楽しく
帰ったばかりの
妻はまた
救急車で
入院した
快くなってゆくので
安心していたら
病魔はまだ
ひそんでいて
吐血にまで
追い込んだ
ああ強力な
力が欲しい
不動明王の
阿吽の仁王の
お力が欲しい
宇宙無限の
力が欲しい

 生きるのだ    

生きるのだ
生きるのだ
生きるのだ
すべてが
そう叫んでいるのだ
いや
叫んでいないのもいるが
そういう声は
耳に入れず
鳥たちのように
飛んで行くのだ
広い世界へ
輝く宇宿へ
それが
わたしの生き方
わたしの願い

                     

海はいつも
動いている
だから
魚たちも
生き生き
泳いでいる

動いているものは
すべて美しい
わたしが
海を見に行くのも
そのためだ
海は
生命の根源

一対一

空には
一片の雲もなく
ただ一つ
光り給う
明けの明星さま
ああ
この一対一の
ありがたさよ
重信川での
彼岸の祈り

 時速十万キロ

一人の祈りを
万人の祈りに
ああ
明けの明星さまに
そう申して
彼岸の川原で
祈る
時速十万キロの地球の
何という静けさよ

一夜にして

一級河川でありながら
殆ど水の流れもとまったような
重信川が
一夜の大雨によリ
堤防が危ないぐらい
増水し
足立重信が
命をかけて改修した頃の
荒れ川となり
恐ろしい勢いで
流れてゆく
わたしは
川と共に叫んだ
生きている川は
快きかなと
しかし、もう一晩降ったら
わが家も危険だと思った
鉄橋に住んでいる
鳩たちも
みな外に出て
川を見ていた
わたしも久しぶり
鳩たちに会い
声をかけて話をした
ああ
生きている川は
神のように
ありがたく
久しぶリ
わたしの心も
軽くなった

 病める妻に

生まれてきて
よかった
そう告げ合って
世を終わろうではないか

                    

花々よ

かえって くる
かえってくる
命びろいして
かえってくる
妻を迎える
花々よ
食べることも
話すことも
できないひとを
花々よ
心から迎えてくれ

 カラスが笑う

重信川の川祭りを
よそから来た
わたしがやる
これはどう考えても
おかしい
また、そんなことをやっていても
感心する人もいない
これもおかしい
国を愛すると
いくら言っても
川も山も愛しない人が
国を愛することが
できるものか
カラスが
そう言っているのを
聞く人もいない
ああ
カラスから笑われる
人間たちばかりになった

生き方

しんみんには
しんみんの
生き方がある

詩人には
詩人の
生き方がある

お互い
自分の生さ方を
発見し
二度とない人生を
生きてゆこう

ついでに言っておくが
死に方など
心配しなくていい
神仏にお任せして
輪廻(りんね)
転生(てんせい)の
橋を渡ればいい

 二つの碑

念ずれば
花ひらく
二つの碑が
船に積まれ
太平洋の港を出発し
大西洋の港へと進んでいる
海鳥たちも
この壮挙を
どんなにか
祝福していることだろう
思うだけでも胸おどる
仏教東漸(とうぜん)である
碑には
英訳も刻まれ
石は山岳信仰の霊地
鞍馬(くらま)の
如意宝珠型の
見事なもの
二つとも
ニューヨークの禅堂に建立され
唯心の世界を
唯物の人達に
知らせてくれるだろう
二つの碑から出る念波を
二十一世紀に生きる
多くの人達が
受信されることを
念じよう

  註  ニューヨーク禅堂正法寺と
    ニューヨーク大菩薩禅堂金剛寺    に建立
    師家  嶋野栄道老師

 祝  歌

鵬(ほう)よ
はばたけ
世界は一つ
愛と平和と
幸せのため
時速十万キロの
地球と共に
飛ベ

                        

   
 後    記 

     


                        1 生 き る 力
  

 「生きる力」をテーマにして、県主催の詩墨展が、七月十日から二十九日まで、開催されることにな

りました。すべては長生きしたおかげです。作品は殆ど九十歳になって書いたものです。

 私の字(書)に対するコンプレックスは、小学校の二年の時からで、それによっての受難の苦しみ

は、とても他の人にはわからないでしょう。でも、そうした苦しみを受けたからこそ、九十歳になって、

書く喜びが湧くようになったのです。

そうした転機、奮起を与えてくれたのは、「裸の字」の著者である、中川一政さんでした。この書は、

私の開眼の書でした。自分の字を書けばいいのだ。だれにはばかることなく、下手は下手でいいの

だ。生きる力をふりしぼって、体で書けばいいのだ。天地の命を丹田(たんでん)に収めて、誰にでも

わかる字を書くのだ、そうおっしゃる中川一枚さんの声で、わたくしは生まれ変わることができた。

  特に九十歳になると、自分の字を人さまに見せてもいいというところまで、開いた心になり、県で

主催して下さる詩墨展に、承諾感謝の意を表したのであった。

むろん私には詩が主で、字は従であるが、筆字には、書いた人の霊がこもっているし、額にしたり、

軸にしたりして掛けておくと、力ともなり、励ましともなり、縁結びともなってくるのでした。すべては

長生きしたおかげです。

                         2 二つの碑


 二つの碑は、太平洋と大西洋とを結ぷ碑である。唯物者と唯心者とを結ぷ碑である。キリスト者と

仏者とを結ぷ碑である。

 わたくしはこの二つの碑が放つ念破の力を他の誰よりも、体に受信することができる。

 小さい国だが、その使命は、地球上のどんな国よりも大きい、宇宙的使命を持った国だと思って

いる。除幕入魂式に参加された方々が帰ってこられ、話を聞くのが何よりも楽しみである。

 結ぷということは、大宇宙の大きな喜びなのである。

 今、日本は、この結びの心が乱れ、何より大きな国難となった。私は伊勢にある神道系の学校を

出たので、神道を流れる結びの精神は、十代の頃から身につけてきた。すべて体で知ることが何よ

りの学問である。

                         3 その後の妻

 救急車で入院した妻は、帰ってきました。でも、口からはお湯を飲むこともできませんし、ことばで

語ることもできません。栄養は鼻から胃に下した管で、点滴し、生きております。これはずっと続くで

しょう。

 ときどき、とてもいい顔をします。その時は、こちちも本当に嬉しいです。

 昼間眠って夜目覚めているので、看護する真美子も大変ですがよく頑張っており、本当によくやっ

てくれます。

                        4 私 の こ と

 私は最近足が重いですが、これはそのうち自分で治そうと思っています。というのは、私は冬のさ

中の一月六日生まれでして、夏の暑さには、精神的にやられます。もう一つは他からの要請で、対

外的なものが次々に起き断わりきれなかったからです。これからはできるだけ断わり、詩一筋に生

きてゆくつもりです。九十歳には九十歳の生き方がある、ということを胸に叩き込み、一日一日を

大切に生きたいと思っています。つまり詩一筋に生きてゆこうと思っていますので御寛容くださいま

せ。

                       5 ホッチキスのこと

 「詩国」をお送りする時、ホッチキスを使っていましたが、郵便局からやめるように言われたので、

テープ止めにしました。すべてが機械化されてゆく時代です。私にとっては大きな負担になりました

が、仕方ありません。

                          6 前 月 号 か ら

 一位 何か一つだけでも。 二位 わたしとこのひと。 三位 証しびとになれ。 四位 突然の救

急車。 五位 隠れ身でした。

七月号は特別多くの方から、感想を頂きました。また多くの方々のお便りを拝見して、みなさんが

生き耐えていられることを知り、私自身が励まされました。

「悲喜分かち共に生きん」という私の詩がありますが、お互いしっかり生きてゆきましょう。

 
1.詩 国 8 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

[PR]アナタのウラ県民性をチェック:こっそり一人で?ワイワイ皆で?診断しょ