坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新13.5.26)

   (松山平野に咲くれんげ草 ・2001年5月撮影)

ようこそ、坂村真民の世界へ、ようこそタンポポ堂へ、真民さんの詩の魅力と真民さんに関する情報をあなたに届けます。

1.詩 国 6 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると約600基となる。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                


1.詩 国 6 月 号 第 四 十 巻 6 月 号


叱咤(しった)の詩

しっかリしろ
Lんみん
しが三つ
入っている
しは叱咤のし
これは
天の声
地の声
神の声
仏の声

起きる時の声
タベ
寝る時の声
叱られ
励まされ
詩に生きる声

 新しい決心

妻の病気を治すため
わたしは今日から
更に食生活を
きびしくしよう
水野南北さんに
ほめられるような
慎食をしよう
まず喜積を
ここに持ってゆこう
今朝は
その新しい出発である
暦には奎(けい)とあり
婚礼、棟上など
万事に大吉とある

 良い朝

妻元気で目覚める
丁度、日の光が
妻の顔に当り
とてもよい
真美子が喜んで
話をしていると
手を合わせて
口を開け
口から日の光を吸い込み
とてもよかった
三人で朝日の光を
口いっぱい
胸いっぱい
吸飲する
体の中の菌も
きっと消えてゆくだろう
これから毎朝吸わせよう
何よりの薬だ
宇宙からのお恵みの薬だと
嬉しかった
私は二階に上り
更めて石鎚の山から出られた
光を吸飲した
雲一つない
良い朝だった

 明けの明星出現

         二〇〇一年四月二十三日

待ちに待った
明けの明星が
出現された
重信橋を渡り始めると
東天に光るものがある
雲ひとつない空に
燦然と光り給う
星がある
立ち止まり
橋の上から
礼拝する
明星も
わたしを待ち給うか
ああ
天地呼応の
喜びよ

 短歌 妻帰る

死の境また一つ越え朴の花
ほころぷ家に帰り来にけリ

自らの病(やまい)を知らず喜びて
家に帰れる顔の明るさ

このひとを守らせ給へ天地(あめつち)の
諸神諸仏諸菩薩さま

 皐月燦燦

皐月(さつき)
燦燦(さんさん)
百花が
咲いて
日本列島
花盛り

宇宙の
まなざし
光りに
光り
母なる地球を
平和なものに
してゆこう

それが
わたしの祈り
わたしの願い
わたしの信仰

 祈 る

今日は
二十八宿中の
一番よいよい日
妻のために
祈る
明けの明星さまに
届けと
祈る

 ひととき

どんなにか
いろいろ
言いたいことがあるだろう

どんなにか
いろいろ
食べたいものがあるだろう

それが言えない
それが食べられない

それをじっと見ていると
せつなくて
くるしくて
ならぬ

真美子は
買いものに行き
二人だけで居る時の
ひととき
宇宙の時間が
止まったような
気がした

 天帝よ

こんないいひとを
襲う病魔よ
こういうのを
業(ごう)と
言うのでしょうか
天帝よ
このひとを許しておくれ
罪は
このひとにはないのです

 ホー真民

朴の木の下で祈っていると
ホーチミンさんがやってきた
大東出版社社主の
岩野喜久代様は
いつも手紙の宛名書きに
タンポポ堂
ホー真民さんと
書かれ
天下一の
よい手紙であった
ホーチミン師は
ガンジー師と共に
わたしの畏敬する
人であった

東洋の民よ
地球の平和と
人類の幸福のため
立ちあがろうではないか

 これからの詩

妻に奇跡が起きるためには
わたしが喜びの石を
積み重ねてゆかねばならぬ
その積み重ねが
これからの
わたしの詩なのだ
奇は喜であり
跡は石である
ああこれから
喜びの石を
一つでも多く
積み重ねてゆこう
妻のために
もろびとのために

 喜びが増えた

ああ
喜びが増えた
大きな大きな
喜びだ
天と地とわたしを結ぶ
喜びだ
彼岸の祈りに
力が生まれた
ああ
明けの明星は
釈迦牟尼世尊の
開眼成道の
星である
祈れ
地球に額をつけて
祈れ
しっかと
祈れ

   
 後    記 

     


                        1 変わってゆく

 何もかも変わってゆく。明治生まれのわたしには、特に、その感が深い。それは大きな流れであろう。渦の中に居る

と、その流れが真なるものであるか、どうか、その見分けがつかなく、右往左往するであろう。大切なのは、先見の明

である。

 わたしが今の世で、一番尊敬しているお方は、山本空外先生であるが、先生は「無二的人間」という言葉を使って、

人間の行くべき道を説いておられる。

 先生は西洋哲学も宗教学も、日本哲学も宗教学も、最高の方であり、原爆体辣者としても、先生の説かれる人間論

は、世界一だと、わたくしは思っている。

 わたくしは神道の学校を出て、仏教の世界に入った変わり者であるが、詩集に「千年のまなざし」「宇宙のまなざし」

というのがある。これは、言い変えれば「無二的人間」のまなざしと言ってもよい、と思っている。

 私は「華厳経」から、仏教に入った。華厳の教えは、無差別、平等である。

ヴァヤダンマー
サンカーラー
アッパマーディナ
サンパーデートハ (バーリ語)

  これは釈迦牟尼世尊最後のお言葉である。

すべてのものは
うつリゆく
おこたらず
つとめよ

と訳する。

 川は流れてゆくから美しいのである。わたしが重信川のほとりに、ついの住みかを決めたのも、自分も川のように、

常に変転し、真理の海に辿りつかねばならぬと、決意したからであった。

 日本は今、そういう時代が始まろうとしている。そういう日本丸の船出を皆で祝福しようではないか。

                         2 病  苦

 乳ガンで右の乳房を切りとってしまい、七年たっても転移Lないから、もう安心だと言っていたら、くも膜下脳動脈瘤

破裂という、大変な病気になり、頭がい骨の三分の一を切り取り、三カ月冷凍するという大手術をし、車椅子の人と

なったけれども、北海道への旅をしたりして、一安心していたら、こんどは脳血栓となり、それも食べること、話すこと

を司る機能の血管が塞がった。

 命は取り止めたものの、可哀相でならぬ人となってしまった。

 世尊は生老病死を救うため出家なさった。わたしも何とかして救いたいが、わたしの力では、どうすることもできない。

 そんなことから拙い詩を書き続けているのであるが、どうかお許し願いたい。

                        3 新刊本について

 五月十五日、新刊の詩集「花ひらく、心ひらく、道ひらく」という題名で、講談社から発売されることになった。これは

私が編集して出すのではなく、私の詩を愛する方が編集され、講談社から出して下さるもので、特別感謝し、一冊で

も多く買って頂いたらと念じているのである。定価七八〇円+税。私はまだ見ていないが、全国の書店にも出るので

求めて下さればありがたい。

                        4 ボランティアミュージカル

 わたしの詩「みんな天へ向かって」をもとに構成された「ボランティアミユージカル」が、六月九日、十日、砥部町の

文化会館で、二十三日八幡浜市民会館で、二十四日瀬戸町の町民センターで開催されます。小学生から六十歳まで

七十五人の賑やかなミュージカルです。詩が作曲されたり、ミュージカルになったりするのは、大変嬉しくありがたい

ことです。若い項、レコードになったり、ヒットして映画になったりしたこともあるので、心の若返りをしています。

一人でも多く観て下さいませ。

                       
                        5 前月号から

一位 すべてを喜ほう。二位 今年の桜。三位 三月二十七日。四位 浮上せよにほん丸。五位 芸予地震でした。

 
1.詩 国 6 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

[PR]田丸麻紀さん愛用ダイエット:大人気サプリメント!注文殺到中です