坂 村  真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新13.3.24)

   (愛媛県越智郡玉川町・嵯峨子谷に咲く山一面の桜・2000年4月撮影)

ようこそ、坂村真民の世界へ、ようこそタンポポ堂へ、真民さんの詩の魅力と真民さんに関する情報をあなたに届けます。

1.詩 国 4 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると580基を超える。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                 


.詩 国 4 月 号 第 四 十 巻 4 月 号

祈    れ

ただ祈れ
宇宙の心になって
祈れ

言葉は
いらない
黙って
祈れ

かつてない
乱れのなかで
どう生きるか

彼岸の川原で
地球に
額(ひたい)をつけ
祈れ

祈りが一つ増えた

妻が松山の日赤から
近くの病院に移ったので
彼岸の川原での祈りが
一つ増えた
高台にある病院に向かって
延命十句観音経を唱え
祈ることにした
その病院の上のあたリに
月が光るので今暁は
病室にいる妻を思いながら
唱えた
月光があの部屋にも
光っているだろう
月光菩薩さま
一日も早く
口がきけ
食べものが
のどを通るよう
お願いします
    アーウン アーウン
    アーウン アーウン


わたしの祈念

母なる星地球が危なくなった
人間の欲望には限りがなく
神の造り給うた人間を
人間が人間を造ろうとしている
ああ厭くなき欲望は
天上界にも波及し
狂乱の様相を呈してきた
わたしは起元三千年の
地球地図を思う
梅に囲まれた民よ
千年後のことを思い
大字宙大和楽の実現に
心を傾けてくれ


 まなざし

宇宙のまなざし
ブッダのまなざし
イエスのまなざし
まなざしを学ぼう


一喜一憂

今日(きょう)は一緒に
歌をうたったと
真美子が言う
これは一喜
今日は一日
目をつぶリ
元気がなかったと
これは一憂
桜の花が咲く頃は
自宅療養ができるようにと
念じながら
一喜一憂の
あけくれが続く

 生き残ったものたち

何千年かの後
生き残ったものたちだけの
惑星となるだろう
ああ
生き持ったものたちとは
ピんなものたちだろうか
飛天になろうと思うのも
それを知りたいからです


 五四八番碑

弘法大師が杖を突かれ
湧出したという
杖(じょう)の淵(ふち)に
念ずれば花ひらく
五四八番碑が建ち
碑から霊水が流れ
それを多くの人が
汲みに来られる
この碑はそうした
お役に立つ
珍らしい碑である
水は争わない
方円の器(うつわ)に添う
ああ
この水を飲んで
柔らかな心を持つ
人間になろう
    
 ※ この碑は二月十二日九十四歳で
       亡くなられた、親和観光産業会長
       の長坂親和様が中心となり、建立
       されたものであり、何よりの記念となった。


 白 鷺 よ


重信川の
夜明けに
遊ぷ
白鷺よ
妻に告げてくれ
わたしが祈っていることを
病室に向かって
観音経を唱え
祈っていることを


 華厳の人となるために

九十歳代を
すばらしいものにしよう
かつてない戦争にも
二度召集されたのに
死ななかったので
その御恩返しに
九十歳代を
愛する朴(ほう)の花のように
開花させよう
神さま
仏さまも
きっと喜んでくださるだろう
大詩母さまも
賛美してくださるだろう
華厳(けごん)の人となるために
    
※ 華厳。万行、万徳を修めて、
      徳化を荘厳(しょうごん)にすること。


   コツン・コツン

イスラエル式
抱擁の礼は
幕屋原始福音教主宰
手島郁郎先生から
受けたことがあるが
額(ひたい)を
コツン・コツンと合わせる
チベット式礼を
アメリカ大菩薩禅堂主
嶋野栄道老師から
受けたのは始めて
それはいかにも仏教的で
良かった
突然のことで
眼鏡が邪魔になったが
コツン・コツンは
体にひびき
実に良かった
特にわたしは毎暁
彼岸の川原で
額を地球につけて
祈っているので
特別うれしく
ありがたかった


 三月八日

今日は
茜(あかね)の誕生日
  ゆびのつめ
        妻によく似てまるまると
        肥えゐし吾子(あこ)を
   忘れ得めやも
と口ずさみながら
その日のことを思う
仏壇には
まだこの子の骨(こつ)があり
その骨の不思議な物語は
とても詩などでは語れない
思い出がある
わたしが妻と共に
この子と一緒に
飛天になろうとするのも
いつまでもこの子と共に
ありたいからである
ああ
茜の空よ
茜の雲よ


 えひめ丸

えひめ丸遭難事故は
単なる事故ではない
世界最強の軍備国
アメリカの精神構造の
欠陥の暴露であり
世界最大の富国
アメリカのごう慢べっ視の
一端である
生き残った人は
このことを忘れず
戦え
死んだ人は
海の底から
叫べ
そして祖国日本を
救い
あなに愛(え)しと申された
媛の国にしておくれ

 

   
 後    記 

     

      1 明るく生きよう

  紀元二千一年、二十一世紀を迎えても、一向に、世界も、日本も、依然として、新世紀らしい気運も、明るさもない。
 暗いニュースが流れ、政治も経済も行き詰まっている。

  でも自然界は明るい。革の花、木の花が、思い思いの色と形をして、天地の恵みに感謝して、喜びの声を挙げてい

 るのだ。一年でも長生きしたいと念ずるのは、あの声を聞きたいからである。

  春の山もいいが、春の海もいい。日本という国は、山と海とで出来ている。山が父であるなら、海は母である。

 わたしは若い時、伊勢で四年間過ごしたが、あそこが日本の「へそ」地であることが、しみじみとわかった。

  皆さん、なにかで暗い心になったら、へそに手を当て、アーウン、アーウンと、私の言う大宇宙大和楽の真言(しん

 ごん)を唱えてごらんなさい。きっと明るさを取りもどしてくれるでしょう。


      2 事  故

  「えひめ九」の遭難事放で、アメリカと日本との間で、大きな問題となり、愛媛県に居る私も、心を痛めているので

 あるが、生活が車(自動車)中心の時代となり、事故に遭わないのが不思議と思うほど、車が夜昼ひっきりなしに走

 っている。

  わたしは午前三時三十分、寅の一刻の礼拝を終えて、四時丁度に家を出、彼岸の祈りに行くのであるが、車を

 運転している人は、こんな時間に、人が歩いているなど思わぬらしく、曲がり角なんか、何の注意もせず、突進して

 来る。今暁など重信橋に沿って出来ている歩道橋を、オートバイで後ろから突進して行った。また重信橋は半分が

 松山市、半分が砥部町になっており、どちらも入口は三つの道になっている。行く時も帰る時も、来た車がどっちに

 行くのか、わたしにはわからない。まだ夜は明けていなく、暗い。よく出合うことがあるが、三十五年も彼岸の祈りを

 しているので、はっと思うことが何度もあった。

  事故は、心の透き間から起きる。

  それを言いたいため、自分のことを書いたのであるが、このたびの、えひめ丸の遭難事故も、民間人を乗せてい

 たりした、心の透き間から起きた、一大事故だと思う。

  透き間から、悪魔が入ってくるのだ。悪魔は、この透き間を狙っているのだ。お互い注意しなければならない。


      3 広島にて

  広島市にある中国電力本社の主催で、詩墨展が開催されているので、三月六日広島に渡った。天候に恵まれ、

 風もなく波も穏やか。久しぷりに胸いっぱい海の香を吸うた。

  船に乗ると、わたLは自分の流転を思う。九州熊本県に生まれ、若くして朝鮮に渡り、敗戦により、四国に移り住み

 原爆詩を縁として、広島で詩墨展を開催して下さる。詩を作ってきてよかった。これからも懸命に詩精進しなくては

 ならぬと。

  わたしが原爆地広島を訪ねたのは昭和二十七年(一九五二年)十月、世界仏教徒大会広島大会に参加するため、

 近藤徹称尼英訳による「法蔵菩薩に捧ぐる平和の詩」を世界各国の代表に贈るためだった。

  そして原爆の詩を作り、作曲されたり、吟詠されたり、舞台となってアメリカで公演されたりした。

  特に今回の詩墨展は、思いもかけなかったことなので、特別嬉しく、ありがたかった。

  主催者の要望により、参集された方に、二時間近く話をしたが、皆熱心に聞いてくださった。遠く鹿児島からこられ

 た方もあり、感謝した。またわたくしは二十年前、苦しいとき先生の詩により救われ、今は二人の子の母として幸せ

 に生きていますと、しみじみと話して下さる方もあったりして、良いひとときであった。

  最後に、私の著書の販売から、その他一切を御世詰下さった、宇品桟橋にある「ニューポート」の経営者、藤解

 詮雄(とうげとしお)さんに衷心から感謝とお札とを申し上げよう。


     4 ビデオ発売について

 とても良いビデオが発売されました。同封の、ぱるす出版(株)に申し込んで下さい。
     

 
    5 前月号から

 一位 真の人間であること。二位 言いたいことがあるのに。三位 脱皮一新。

 四位 人間よ驕るなかれ。五位 一羽の鳥でした。

 
1.詩 国 4 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
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