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坂  村  真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新13.3.1)

   (松山市内から見た石鎚連峰の冬景色・2001年2月2日撮影)

ようこそ、坂村真民の世界へ、ようこそタンポポ堂へ、真民さんの詩の魅力と真民さんに関する情報をあなたに届けます。

1.詩 国 3 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると580基を超える。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                 


.詩 国  月 号

第 四 十 巻 3 月 号 

脱 皮 一 新

八十代と

九十代とは

まったくちがう

それがわかった

からには

今までの

生き方では

駄目である

変わるのだ

蝉のように

脱皮

一新

するのだ

しっかりしろ

しんみん
     

人間よ驕るなかれ

鳥では

蜂鳥

魚では

よだれかけ

わたしは

彼等を知ってから(NHKテレビ)

造物主の慈愛を

しみじみと知り

生かされている喜びが

更に一層強くなった

人間よ

驕(おご)るなかれ

宇宙は

人間だけのものではないのだ

 
真の人間であること

真(しん)の人間であること

人にも神にも

喜ばれる

人間であること

貧しくともいい

偉いことは

できなくてもいい

人を傷つけたりせず

温かい心の持主である

人間になること

世の片隅にいても

明るい心を失わず

生きてゆく

人間であること

そんなことを思いながら

春の来るのを待つ

貫  く

念ずれば花ひらくを

貫いてゆく

それが真民の

一生であれ

フラフラするな

グラグラするな


念ずれば花ひらく

大きな応援幕を

作ってくださった方々と

一緒に写真を撮る

二千一年

二十一世紀の

最初の立春の日に


 これからの願い

母なる星地球が

涙する

その涙を吸うて

バラの花が

言います

恒河沙(ごうがしゃ・ガンジス河のこと)の

諸仏諸菩薩の願いも

空しくなろうとしています

救うのはただ一つ

その一つを信じますと

さあ

その一つを

これから探しに行きます

それが

これからの

わたしの願いです


一会の喜び

生きているということは

なんとありがたいことか

毎月の朴庵例会で

一会(いちえ)の喜びにひたる

生まれたばかりの

赤ん坊を連れてこられる

方があったり

車椅子の方が

あったりする

ああ

床(とこ)に掛けてある

七福来々の

文字が光る
 

節  分

追っ払われた

鬼の子たちが

お母ちゃんと

呼んでいる

それがつらくて

節分は

さびしい

何度も

目が覚める

   

 なんで百歳まで生きようとするのか

わたしはわたし自身が

生きたいから

詩を作ってきた

一年でも長く生きて

詩を作ることが

わたしの延命と

つながってきた


詩を作るから

神も仏も

わたしを守って

くださったであろう


だから一応

百歳と決めた


だから更に祈り

この願いを

成就したい


アーウン

アーウン

アーウン

これがわたしの

心呪(しんじゅ)である

一 羽 の 鳥

何の鳥か

わからないが

一片の雲もない

冬の澄んだ空を

一羽の鳥が

飛んでゆく


妻は入院

真美子も

出ていって

わたし一人

一羽の鳥の孤独が

じんじんと

伝わってくる

冬の日の

限りない青い空

 掛 け 軸

柴山老大師の

百歳の時の

掛け軸をかけた

雄渾な筆致で

円月と

書いてある

じきじき拝顔した時は

九十八歳であった

このひと

お医者さんかなと

お側の宗寛老師に

尋ねられた

いや、詩を作る人ですと

答えられたが

その時わたしは

人の心を治す詩人になろうと

思ったことを

今も忘れない

しんみんよ

あの日のことを

忘れるな

 念  願

春苔先生は

即身成仏のお方

だからわたしは

飛天となり

先生と共に

ありたいのです

       ※春苔先生は柴山老大師と
         親しいお方であった。

 言いたいことがあるのに

言いたいことがあるのに

聞いてもらいたいことがあるのに

それが口から出てこないので

妻は泣き出すような顔をした

わたしはただ手を握っているばかりで

どうすることもできない

病室は明るくて

頂いた花も

一心に励ましているし

八十四羽の鶴たちも

けんめいに祈っているから

そのうちきっと

言葉が出るように

なるだろう

オン サンマヤ サトバン

オン サンマヤ サトバン

   ※巳年生まれの人の守り本尊。
  普賢菩薩の御真言。   
  ※八十四羽の鶴は、妻が八十
四歳だからである。

   
 後    記 

         1 奇跡は喜積

 二月七日水曜日、暦には万事に吉とあり、忘れ難い日となった。と言うのは、ニューヨーク禅堂正法寺、大菩薩禅

堂金剛寺の師家であられる嶋野榮道老師が、松山空港から直行して、タンポポ堂にお出で下さった。思いもかけな

いありがたい日になったからである。

 嶋野榮道老師さまのことは、「真如」主宰の紀野一義先生を通して、知っていたのであるが、空港から直行してお

出で下さるとは、思いもしなかっただけに、感激はひとしおであった。二時間近くいろいろなお話しをして下さった。

まったく聞法因縁五百生、同席対面五百生の尊い一時であった。

 話が妻の病気のことになり、奇跡を信ずるだけですと言ったら、 老師は奇跡は喜積ですと、おっしゃった。

 その時わたしは、仏教とキリスト教、東洋と西洋との違いを思った。

 わたくしはかねてから、日本のお坊さんたちに言ってきたが、縁があったら外国に伝道し、東洋の心を伝えて貰い

たい。それがお釈 迦さまの何よりの喜びであることを。

 奇跡は喜積である。

 わたしの心が明るくなった。病院に行き、妻と対面する時、わたしの顔も心も、今までと違ってくるだろう。老師に

お会いしたおかげで、大道が無門となり、喜びの宇宙、喜びの大生命となり、日本民族が世界の人々に、何を為

すべきかの大きな使命も、こうした温 かい心にあるだろうと思った。

 老師さんは別れる時玄関で、わたしに対しチベットの人たちがする、額(ひたい)をコツンと二度つけてそとに出、

朴の木も、九十 九番碑も見て下さり、これからのわたくしに大きな喜びを与えて下 さった。

 暦の通り万事に吉、一粒万倍日であった。

 不思議な御縁

  一九九四年(平成六年)四月一日発行の雑誌「致知」(表紙写真 坂村真民)の特集「念ずれば花ひらく」の中に

 「禅僧、ニューヨークに立つ」と題して嶋野老師様のことが写真入りで載っている。

 まことに不思議な御縁である。

   

   2 生命の尊重

 三月になれば日本では、すべてのものが生命の息吹に燃え、葉を出し、花を咲かせてくれる。古代の人たちは、

そうしたものを賞で、 そうしたものを食べ、生命の喜びに生きたのであった。

 そうしたものが今はまったく消え、外の世界とは縁のない日本人となった。ハウスでできたものを食べ、農薬で

育った米をロにし、 魚まで養殖のものとなった。

 わたくしは宇宙生命という言葉をよく使うが、つまり今の人たちは、この宇宙生命を吸飲し、その強大なエネル

ギーを持つものから遠ざかり、人工的なものの中で、生きてゆこうとしてしている時代 となった。

 日本は海に囲まれている国である。海は動詞になると産みとなる。すべてのものは海から生まれてきた。それ

で古代の日本人は、うみ、と言ったのである。そうした民でありながら、日本の川も海も汚れてしまい、本当に

先祖の人たちにすまない思いがして、わたしはい くつかの詩を作ったりして来た。

 いま日本には、生きる本能をなくしている人たちが増えてきた。 「詩国」を愛読しておられるお母さんであるが、

ペルー生まれの 二人の娘さんを連れ、東京から沖縄まで日本を見せ、わたしの家に来られた。それで二人の娘さんに尋ねた。

 どうです。お母さんの国日本に住みたいと思いましたか、と言っ たら、二人ともノーと答えられた。

 今の日本を見たら、みなそんなに思われるだろう、それほど今の日本人は、生命感を失っている。最大の国難

である。  わたくしは書斎に、堂本印象描く木花開耶媛(このはなさくやひめ)をお祭りしているが、印象画伯は、

その足もとにタンポポを描いている。わたくしは、溢れる生命の象徴をタンポポに見出し、タンポポ堂と名づけた

りしているだけに、この絵に心ひかれるのである。因みに日本の象徴である富士山の頂上に、この媛を祭った、

日本民族の使命を思うのである。

  3 前月号から

 一位あとから来る者のために。二位額をつけて。三位一人で迎えた元日。四位二千一年二十一世紀の初光。

 五位冬の花でした。

 
1.詩 国 3 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
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5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー
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