坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新2002.1.26)

   (笹ヶ峰連峰の初日と西の空の月 ・2002年1月1日撮影)

ようこそ、坂村真民の世界へ、ようこそタンポポ堂へ、真民さんの詩の魅力と真民さんに関する情報をあなたに届けます。

1.詩 国 2 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー(611番碑)
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると約636基となる。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影)

                                                                


1.詩 国 2 月 号 第 四 十 一 巻 2 月 号

             
二〇〇二年の祈り

室戸岬の海から
日が昇り
日御碕の海に
沈む日よ
海に囲まれた
日本の民よ
海のような心を
持とうではないか
無条件の祈りを
しようではないか
国は小さいが
心は無限
宇宙のまなざし
を持つ
民族であれ
二〇〇二年の
初光を拝し
わたしは祈る

真民の民は
国民の民でなく
民衆の民だ
無条件の祈りから
そう強く思うようになった
いつの日か
鳥たちのように
自由に行き来できる
楽しい世界になるよう
一人の祈りを
民衆の祈りとしよう

 共にの碑

「共に」の詩を刻んだ
六百十一番碑が
砥部町文化会舘の入り口に
建立された
堂々とした
伊予青石の
見事さよ
左右には
男石
女石も
添えられ
今までにないすばらしい
共生の碑である
私は誓文(せいもん)を唱えて
祝辞とした
千年を保つ碑よ
仏島四国の一角より
大宇宙大和楽の
霊波を発信し
母なるこの地球を
共に生きる星たらしめよ

     ※「共に」の詩
      花咲けば共に眺めん
      実熟せば共に食べん
      悲喜分かち共に生きん

 い い 顔

お父さん
お母さんが
とてもいい顔をしているよと
真美子が言う
どれと言って
テレビを観ていたわたしは
隣りの部屋に行く
鼻から胃に入っている管から
栄養を摂り
一切声の出ない妻が
心の中で
何を思い描いているのだろう
何を言いたいのであろう
いい顔をして
仰向けに寝ている
八十五歳になるが
しわひとつない顔である
仏壇のある部屋だから
時々観音さまも
お出でなさるのだろう
まさに観音さまである

 晩  節

人間
晩節が大事だ
日の出
日の入り
手本は
ここにある
ああ
余光
余韻
漢字の国は
いいなあ

 二〇〇二年元旦詠            

二〇〇二年初日の光きらめきて
西には未だ残る月影

わたしは生まれて始めて、元旦の初光と、
西方の月とが、相対して空にあるのを見た。
雲もすばらしかった。月は十七日月であった

 無条件の祈り詠                

無の祈り空の祈りに徹すれば
真の平和は確実に来る

これからこの祈りに、わが身心を打ち込むのだ。
どうか皆さんも、何何のためにと言う祈りでなく、
この二十一世紀の新しい祈りを実践してください。

 真民全詩集第七巻           

真民全詩集七巻は
一番なつかしい詩集となった
生きてよかったと
しみじみ思う
妻もよく生きてきた
わたしが生きているより
妻が生きているのが
不思議でならないぐらい
天地の恵みが思われる

 宇宙的人間            

宇宙的まなざしを持つ人間の出現
対立を越えた心を持つ人間の出現
釈尊と
イエスキリスト
このお二人は
そうLた宇宙的人間であった

 無条件の祈り  

目覚めながら
無条件の祈りについて考えた
宇富には二つの世界がある
宇宙は二つのものからできている
まずそのことをしっかりと
知らねばならぬ
天と地
男と女
昼と夜
光と闇
心と物
上と下
天国と地獄
愛と憎
内と外
朝日と夕日
生と死
数えればきりがない
観相家水野南北は
伊勢にお参りして
物の神、食べものの神を祭っている
ことに感動して
五十鈴川で心と体を浄めている
私も今朝はこのことを思い
日本人の在り方生き方を
改めて思った
無条件の祈りは
この対立をはずして
宇宙的な祈りとすることだ
般若心経は
天地宇宙をたたえる
無差別平等の
お経と言ってよい
毎暁しっかりと唱えるのだ
空外先生の無二的人間とは
この対立を超えた
無条件の祈りをする人を
言うのだ

 修 羅 絵

アメリカ合衆国

ウサマ・ビンラデイン氏
連日連夜の
徹底的
大空爆
洞窟の
毒蛇探しの
テレビが続く
果して人間は
万物の霊長か
生きていて見る
二十一世紀始めの
地獄修羅図絵
神も岩戸を閉め
隠れ給うか

 遊 ぶ

飛天となって
婆婆世界に
遊ぶのだ
アーウン
アーウン
アーウン

 若 い 人

若い人は
いいなあ
これからの人は
いいなあ
津軽三味線が
素敵だった
天地がどよめき
木木が唸った

 九十三歳

足の痛みは
心の弱りから
きているのだ
九十三歳を
しっかリと
生きるのだ

後    記     

                         
                            1 二〇〇二年の初日

 私は十八歳の時から短歌に専心し、二十年間、三十一文字の世界に生きて来た。教員は生活のためであり、

作歌が精神の糧(かて)であった。年少にして西行や芭蕉に傾倒したのも、その生き方に傾倒したからである。

短詩系の文学には、詩、短歌、俳句があるが、わたしには短歌が一番性格に合っていたので、西行の生き方を、

わが生き方として、結社「蒼穹(そうきゅう)」を主宰しておられた新人岡野直七郎氏に師事して、精進してきた。

そして日本に生まれてよかったと、実感できるようになったのは、柿本人麻呂の歌に触れてからである。

 ひむがしの野にかぎろひのたつ見えて

 かへりみすれば月かたぶきぬ

 この歌は今にいたるまで愛唱してやまない壮大にして、美しい短歌である。
 
私は二〇〇二年の元旦、人麻呂と同じ思いで、大地に立って、初日と月とが、相対しているのを仰ぎ、

日本に生まれてよかったと、歓喜したのである。

 芭蕉を慕って生きた蕪村にも

  菜の花や月は東に日は西に

 というのがあるが、絵としては好いが、壮大なリズムはない。短歌と俳句との違いかも知れないが、

人麻呂の歌は古今の名歌で、短歌に生きようとしたわたしにも、愛唱してやまないものがある。

 二〇〇二年の初日は、私にとって最高最大の天空であった。月を囲むようにして浮かんでいる雲も実によかった。

私は大宇宙大和楽の真言を唱えて、母なる地球の平安を祈った。

                    2 共生の思想

 共生の思想は二十一世紀以降を貫く、最大の思想である。そしてこの思想を全世界の国々に、声を大にして

言えるのは、日本であり日本民族である。

 山陰に出雲大社があるが、縁結びの神として有名である。私も結婚して以来二人でお参りしたことはないので、

車椅子の人となってしまった妻を連れて、大社にお参りした。

共に生きるということを、国家的に、民族的に標示しているのが、出雲大社である。

 共生とは結び合うことである。戦争をして相手を征服してできた国でなく、共に仲良く生きてゆこうではないかと、

心と心の結び合いで出来たのが、出雲大社なのである。共生、共生と、さも新思想のように言うが、本当に声を大にし

て言えるのは、日本民族なのである。どうか、そういう意味からしても、一度は出雲大社にお参りして欲しい。

 このたび私が住んでる砥部町で、町長が発起されて、私の詩「共に」というのを刻したすばらしい碑を、

新しく出来た文化会館の前に建立して下さった。

 詩は

 花咲けば共に眺めん

 実熟せば共に食べん

 悲喜分かち共に生きん  である。

 除幕式のあと、話をして欲しいとのことで大切なのは第三句目であることを、米同時多発テロ事件などを通して、

共生思想について語った。

 時代は機械工学から、電子工学の世界となり、電波の世となった。電波は一秒間に地球を七回り半するのである。

国境線がどうのこうのと言って争う時代ではないのである。私は大宇宙大和楽を真言として、提唱してきた。

「共に」の詩碑よ、永久(とは)なれ。

                        3 妻に代わって

 去年の正月はまだ日赤の病院に居た。今年の正月は家に居て、正月を迎えることができた。でも寝たきりで、

口があっても、物は言えず、むろん食べることはできない。鼻から胃に管を指し込んで、栄養を取っている。

さぞ食べたいだろう、話がしたいだろうと思うが、それができない。でも、時々、いい顔をするので、真美子も私も

救われている。命があるのが何よりの救いである。女の一生というのを幸せにしてやりたいと念じ、

一つ家に生きている明け暮れである。

                       4 前月号から

 一位 無条件の祈り。二位 新春の空に向かって。三位 祈りと行。 四位 巨木。五位 流星群でした。


 
1.詩 国 2 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
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