よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新2002.1.1)

(松山平野から望む石鎚連峰の日の出 ・2001年12月撮影)
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坂村真民さんの略歴 明治42年1月6日 熊本県に生まれる。8歳の時に、父親 の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇 学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年 から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩 作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛 評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随 順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、 月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発 刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、 その数は現在,海外の20基と合わせると約636基となる。 主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。 (南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影) |
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| 1.詩 国 1 月 号 | 第 四 十 一 巻 1 月 号 |
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後 記 |
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| 1 無条件の祈リ 紀元2001年の元旦は、21世紀最初の元旦であった。それ だけに平和への祈りも純粋で強いものがあった。 然し「米同時多発テロ 事件」によって、世界は急変し、大動乱の世となった。 一体、どうすれば良いか。 特に「大宇宙大和楽」の念願を、「詩国」賦算としている私には、耐え難いもので あった。体の弱い私を90歳を 越えて生かして下さっている、その使命は何だったのか、詩は祈りであるとして精進してきた、その努力も空しい ものとなってゆく思いがしてならなかった。 そんな折、ニューヨーク大菩薩禅堂の嶋野栄道老師から、尊い英文の封書を頂いた。私は、テロ事件以来老師 はどんな気持で生きていられるだろうかと案じながら、過ごしていただけに嬉しかった。 手紙が入っていた。そのなかに、「無条件の祈り」というのがあった。 私はこのお言葉によって、大恩師杉付春苔尼先生から頂いていた「無」の公案が、一挙に解決、解 脱した思い がした。 大宇宙が偉大なのは、この無条件の祈りの発露の故なのだと思った。 宇宙の祈りを、わが祈りとする。 もうこれしか無いと思った。今月号の詩で書いているように、何何のためにという言葉がくっついている限り、幾万 べん祈っても駄目だと、嶋野老師と共に叫ぼう。これは日本人にだけ言える言葉かも知れない。私が日本に生まれ てよかったと言ったりするのも、海に囲まれて生きてきた民族特有の精神からである。 「米同時多発テロ事件」は、私の祈りに、一大革新を与えた。私は嶋野老師と共に、無条件の祈りに、身心を捧 げてゆこう。 皆さんもどうか、この祈りを身につけ、大宇宙大和楽のため、協力して頂き度い。 2 日本が明るくなった 富士山頂に「木花開耶媛(このはなさくやひめ)」を祭る民が居る。 この星の輝く隈り この星の 「人生二度なし」これは森信三先生のお言葉。これをしっかと丹田(たんでん)に打ち込むこと。特に晩年になる 4 前月号から 一位 帯。二位 悼伊豆蔵福治郎様。三位 十二月。四位 共に。五位手でした。 |
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