
坂 村 真 民 の 世 界
よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新12.11.24)

(瀬戸内海に沈む夕陽・2000年6月撮撮影)
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あなたは 人目の来訪者です。
坂村真民さんの略歴 明治42年1月6日 熊本県に生まれる。8歳の時に、父親 の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇 学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年 から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩 作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛 評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随 順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、 月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発 刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、 その数は現在,海外の20基と合わせると570基を超える。 主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。 (南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影) |
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声 二十世紀の初頭に
生まれ
動乱の中を
生きて来た
わたしには
送る賛辞が
見つからぬ
それほど
今の祖国は
危ないのだ
ああ
天の声
地の声を
聞こう
再生の声を
聞こう
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二十世紀は終わりぬ 二十世紀の初頭に生まれ
動乱につぐ
動乱に生き
わが生涯の殆んどを
祖国の運命と共に
生きて来た
二十世紀は終わりぬ
若き日
五十鈴川の川岸の寺に自炊し
川の水を飲み
米をとぎ
夢に生きたりしが
夢は破れ
祖国を捨て
朝鮮に渡り
生涯を彼の国の人たちと
共にせんとせしも
国は戦いに負け
故国に帰る
その後の五十年
短い詩では書けぬ
復興
繁栄
飽食
暖衣
その果ての
犯罪の激増
如何ともしがたい
人心の荒廃
かくて二十世紀の
日本は柊わりぬ
ああ
送る辞せつなく
淋しけれども
日の本つ国なれば
希望を二十一世紀に託し
辞を結ばんかな
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カラスは神の使者 カラスは 雨と鴉 しっかリしろ 三つの守り 小知 |
地球は人間だけのものではない 行 く 行くのだ ※ギヤーティ…般若心経のなかの梵字。 流れる 流れる |
不思議 どこかが悪くなると 共生共存 アマゾン川の源流に住む 生きていること 生きていることは 短評抄 1 |
後 記 1 二千年よさらば 二十世紀が終わってゆく。二十世紀の初頭に生まれた者にとっては、感慨無量である。動乱につぐ動乱の世で 2 ダチュラの花とハチ鳥 タンポポ堂の狭い庭に、今年はダチュラの花がよく咲いた。
持っている姿というものを、わたしは強く、しみじみと感じ、タンポポ堂のダチュラと、アマゾン源流のダチュとのつ 人間と人間との殺しあいを続けてきた人間の歴史を思いみる時、この小さいハチ鳥たちの共生共存の、何という 働きて働き疲れ死にゆきし汝(なれ)らの
3 どう生きるか 一番大事なことは、どう生きるかということである。わたしは、そればかり考えて生きてきた。それは決して偉い人 い体重のハチ鳥でも、宇宙の心を
心として生きている。それは何という素晴らしい生き方かと、わたしは感心し、 4 心のこもった愛蔵版 サンマーク出版社から既刊の三詩集を箱入りにした新企画のものが、年内に発売されます。定価は四千円+税 5 オリンピック応援大幕について 東京、致知出版社刊、致知一月号(十二月一日発売) に書きまし たので読んで下さい。 6 前月号から 一位ブナの森。二位シドニーオリンピックと念ずれば花ひらく。 三位鶏舞い。四位好き。五位マイクロアルジェでした。
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