
坂 村 真 民 の 世 界
よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新12.12.24)

(松山平野から見た皿ケ嶺連峰の日の出・2000年12月撮影)
あなたは 人目の来訪者です。
坂村真民さんの略歴 明治42年1月6日 熊本県に生まれる。8歳の時に、父親 の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇 学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年 から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩 作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛 評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随 順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、 月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発 刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、 その数は現在,海外の20基と合わせると570基を超える。 主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。 (南股小学校の除幕式にて(12.9.16撮影) |
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| ただひたすらに た だ 一 人 の 人 の た め に で も た だ 一 羽 の 鳥 の た め に で も た だ 一 本 の 木 の た め に で も た だ 一 匹 の 魚 の た め に で も 心 を こ め て た だ ひ た す ら に 詩 を 書 き 詩 国 を 刊 行 す る の だ
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一月六日 一月六日は イエス・キリストの 生まれられた日 (ギリシャ正教会) また 良寛さんが 亡くなられた日 (陰暦) この所縁を わたしは何よリ ありがたく思い 生きてきた その年は とり年だったので 鳥たちとの縁も 深くなつた 子産石 子産石をあげたら 子供が授かりましたと言って 朴庵例会に 連れてこられた 嬉しかった 元気な男の子だった 一本の道 一本の道があり 一本の道を行く 満 月 寝ていると カーテンの間から あかあかと 月が光るので 起きて礼拝する 暦を見ると 満月であった 光を吸え 二度とない この一日よ 日の出の 光を吸え
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真 字宙は 真善美から できている その中の 真を求めて 生きてきた だから真は わが命である 賛歌 栄えゆけ日本 二十一世紀に 木花開耶媛(このはなさくやひめ)が 花笠をかぷり 桜の下で 舞うてくださる これで日本が 明るくなるでしょう 下手な琵琶だが おゆるしください とり年生まれのわたしのために 鳥たちも歌ってくれます さくら さくら 栄えゆけ日本 エジプト文明展 妻には この世も あの世も ひとつ 過去も 未来も ひとつ エジプト文明展を 車椅子で 観てまわりながら 黄金のマスクの前でも さして驚きもしなかった もうこの人の前には 王家の力も 無駄だった
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念 念はわたしの体と心のすべてである 体が弱かったから 強くなろうと念じた 背が低かったから 大きくなろうと念じた どん底に落ちたから 這い上がろうと念じた 何もかも劣っていたから コンプレックスを持ち 念じてこのコンプレックスと 戦ってきた 念は生まれた時から わたしの丹田の中で鍛われ タンポポのように強くなった 念によってわたしは 真の人間になった だから念は わたしの骨髄であり 不動明王の剣である 坂を越えゆく者 わたしは坂を越えゆく者 それは板村という姓を持つ者の 宿命 だから大小いくつもの坂を越え 今年は九十二の坂である
難なく坂を越えゆくが わたしのような者は もういなくなるだろう それはそれでいい でも本当は 足がしっかりしていないと よろめく人間となリ いい仕事はできない ああ わたしは百の坂に辿りつくまで 念じてゆこう 親から貰った この二本の足で 日本の国を 住みよい国にしてゆこう 茜よ 茜(あかね)よ お母さんを守ってくれ わたしが頼みにするのは お前だけだ これまでいつもお前は お母さんを守ってきた わたしにはそれがよくわかる わたしが飛天になろうとするのも お前とお母さんと いつまでも一緒に居たいからだ 茜と名づけたのも 茜雲に乗ってくる お前に会いたいからだ ※ 茜は早世童女 |
永遠の微笑 その日は アメリカから訪ねてこられた 客があり 急変した妻と一緒に 日赤(にっせき)に行くことができないので ベッドに寝ている妻に 声をかけた時 閉じている目をひらき 実にいい顔をした 何か言いたかったろうが もう言葉は出なかった お客も帰リ 一人になった時 こみあげてくる 切なさ 仏壇の前で 祈った 永遠の微笑にならないよう 独り祈った 光と杉 久しぶり比叡山(ひえいざん)に行き 延暦寺(えんりゃくじ)梶本中堂の 不滅の光と 中腹にある 千年を越える 一本杉とを拝んだ 琵琶湖から 大きな虹が 立ったのも 守り給う神仏の在ますことを 実感し これで二千一年を迎える 心構えができた ああ 新しい世紀に生きる 日本の若い人よ 小さい国だけれど 大きな使命のあることを知り 起ちあがって貰いたい 母なる星地球の平和と 幸せのために |
1 冬日和 冬生まれのわたしは、冬日和が好きで、ただじっと風のない空を、静かに東へ動いていく、白い雲を見つめているだ 目に見えないものが見えてくる。今月号の詩の中に出てくる、比叡山の一本杉が、わたしを呼んでいる。琵琶湖が喜 新約聖書の中には、パウロの獄中からの書簡が載っているが、 げに信仰と希望と愛と此の三つの者は限りなく存(のこ)らん、 而して其のうち最も多いなるは愛なり。 と書いている。 わたくしはこの言葉が好きで、パウロに接近したのであるが、冬日和の中で、しみじみと、新たに誦していると、今の 若い人よ、どうか後から続いてくる者のために、宇宙的な愛を持ち、二十一世紀を平和で幸せな国にしてください。以 2 しっかりしろしんみん わたくしは、しっかりしろしんみんと、呼び続けています。お経も大事ですが、こういう世の中になると、一番大事なの 3 愛蔵版坂村真民詩集 サンマーク出版から刊行された三詩集の箱入り愛蔵本が、十二月朴庵例会に間に合うようにと、まず百部が届きま 4 入 院 妻が脳血栓症で入院しました。長くかかると思いますので、欠礼の段、御寛容くださいませ。 5 賀 状 賀状に代えさせて頂きます。お互いしっかりと、二千一年を踏み出しましょう。 6 前月号から 一位
地球は人間だけのものではない。二位
声。三位 二十世紀は終わりぬ。四位
生きていること。五位 流れるでし |